大七の酒造りの思想

1 . 酒造りの思想

醸造酒としての普遍的価値

日本酒について語るという時「この酒は酒造りに最高の原料である山田錦を○%まで磨きました」といっても酒について何ら語ったことにはなりません。原料の葡萄に由来する成分でほとんど味わいが決まるワインとは異なり、日本酒の場合、原料のみで味わいが決定されることは決してなく、本来、造り手自身に委ねられた自由の割合が大きいのです。言い換えれば“どのようなスタイルをこの酒に与えようとしたか”を語ることが一番重要であり、造り手の思いを集約したものが日本酒なのでしょう。

大七が大切にするのは、醸造酒としての普遍的な価値です。

  1. 味わい深さ、力強さと洗練との両立
  2. 時間とともに成長する酒であること
  3. 人の手と叡智を結集した酒であること

最も日本酒らしく、そして世界の醸造酒と共通の価値観を持っている“生酛造り”で、日本酒を世界に発信したいと思います。

2 . 微生物の森から

正統的生酛造り

「微生物の森でかつての酒は造られてきた。ところが、具合の悪い木はいらないといって切り倒していった」
「科学的に合理性を追求した技術に必ずしも感銘の深さはない」
単純なほど、ピュアであるほどコントロールしやすい。しかし人に感銘を与えるのは、いかに複雑であるか、いかに調和がとれているか、いかに独自のスタイルをもっているか、ということではないか。敬愛する故・⿇井宇介氏と、吉田集⽽氏の言葉です。(対論集『「酒」をどうみるか』)

酒造工程の合理化・省力化によって環境が変われば、微生物相は変わります。酒母造りの工程の一つである山卸作業を省略しただけでも微生物相は最早同じではあり得ません。生酛造りへのこだわりは、“最良”へのこだわりなのです。旨味はあくまでも柔らかく濃密であり、見事な調和は突出した酸味や粗さを感じさせることがない、そんな酒を目指すために、私たちは一つの工程もゆるがせにせず、微生物相の維持を大切にしています。

壮麗な“微生物の森”の形成は営々たる人為を積み重ねた時間の産物であり、時に思いがけなく素晴らしい果実を生み出すこともあります。例えば当社の蔵で、世界で初めて酸性アルギナーゼをもつ乳酸菌の存在が確認されたこともそのひとつです(この酵素が嫌な苦味を分解し、有害物質の生成を妨げる驚くべき働きについては、「まだまだある生酛造りのメリット」の項参照)。これらの微生物は人工的に作り上げたのではなく、長年に渡り人為を積み重ねてきた末の、自然の賜です。木桶仕込みの復活も、蔵人で完全無農薬の酒米造りに取り組んだのも、その延長線上にあります。私たちは微生物の森の中から、本当の豊かさをもった酒を産み出していきたいと思っています。

3. 原料の潜在力

超扁平精米

日本酒の原料米に関する大七の方針はふたつあります。
ひとつは可能な限り不良を含まない、実りの粒の揃った良質米であること、もうひとつは品種の数は最小限に抑えること。そこで入手できる最良の等級にこだわり、しかも自社内でもう一度粒選りの選別をかけます。
また常に最良の蒸米を安定的に産するため、いたずらに米の品種を増やすことはしません。
大七が使用する酒造好適米は、基本的に山田錦もしくは五百万石のみ。それぞれの米と真摯に向き合い、最良の蒸米に仕上げるには、一度に扱う品種はひとつでなければならないからです。その基本があってこそ、米は造り手の自由な創意に応えてくれるのです。
そして原料米の潜在力を最大限に引き出すために大七が開発したのが、超扁平精米技術です。超扁平精米技術は機械力ではなく職人芸の極致であり、開発担当者は精米分野で史上初となる「現代の名工」を始め、数々の栄誉を受けました。この技術は、生酛造りをかつてない高みにまで洗練させ、原料米の潜在力を最も深いレベルから掘り起こすことを可能にしました。さらには「全ての原料を米に」を合い言葉に、純米酒以外のお酒に使用する醸造アルコールも、米アルコールのみを使用しています。

4. 味わいの美学

日本から世界へ

生酛には様々な料理の美味しさと共鳴する懐の深さ、通常の日本酒が苦手な油脂を含む料理にも負けない酒質の強さ、そして時間が経つほどに熟成して成長するという特質があります。燗上がりの酒であり、ぬる燗で飲み飽きしない、最も日本酒としての美質を備えた酒であるといえます。殊に料理に対する相性の幅広さは特筆すべきで、フランスの三つ星レストラン・シェフからの称讃を始め、世界の有識者から高く評価されております。

世界で評価される酒とは、食事の中で活きる酒です。力強く、味わい深く、洗練された調和の中に複雑さを内包しているのでなければなりません。これこそ最良の生酛造りの特質であり、私たちは最高の生酛造りこそが、世界の名酒に通底する普遍性を持つと考えます。大七ならではの唯一無二の個性、生酛ならでは到達し得ない本当の上質感とは、まさに触感的、官能的と言いうる緻密さ、濃密さにあります。表面的な香りや味は模倣できても、この⾆触りは簡易な製法の酒には真似できないでしょう。

5. 高級純米酒の追求

吟醸もどきの純米でなく

良い純米酒とは、つまるところ“純米吟醸”のようなものだという一面的な考えに、私たちは慣らされていないでしょうか?吟醸風でさえあれば良しとし、純米酒を、純米大吟醸を頂点とするピラミッドの下部に位置づけるような考え方は、純米酒の豊かな本質を見誤っていると言えるでしょう。大七はこのような考えに毅然として異を唱えます。なぜなら、本当に美味しい純米酒を造ろうとすれば、規格を満たしただけの平凡な大吟醸よりも遙かに製造コストも技術も要すること、また、良くできた純米酒の美味しさは純米大吟醸でも代替できないことを、私たちは知っているからです。精米歩合は酒造りのコストの一要素に過ぎませんし、生酛造りか簡易製法か、そして熟成に何年かけるか等のほうが、コストへの影響はずっと高まります。

純米酒独自の美味しさを端的に言えば「旨み」でしょう。「旨み」こそは世界の食文化に対する日本酒ならではの貢献です。より力強く、より奥深く、より練れた味わいの至福の純米酒。大七が提案する純米酒の進化形は、吟醸もどきの純米ではありません。現在の日本酒市場が忘れている、純米らしい旨みの実現に腰を据えて取り組んだ本格派の純米酒です。

6. 永続する母胎

明確な思想と、徹底と

創業250周年の当時、大七は新たな社屋を建設しました。酒蔵は第二の自然環境であり、様々な微生物が集積した微生物相を守り育て、固有のお酒を生み出し続ける永続する母胎でなければなりません。建設に当たって、3つの方針を立てました。第一に、地下水脈を守ること。第二に、元の仕込み蔵は微生物相の保護のためそのままの形で残すこと。そして第三に、新しい蔵は可能な限り堅牢で、遠い将来に至るまで存続するものであること。この蔵には大七の思想が集約されています。

醸造酒は管理せずに放置されるべきものでもなければ、極端な冷蔵によって時間の流れを停⽌されるべきものでもありません。熟成を拒否し、ひたすら新酒の鮮度を追い求めることに醸造酒の本来の良さがあるとは考えません。むしろ時間の試練に耐え、劣化するどころか熟成によってより大きく開花するものこそ、大七が求める酒です。

大七の思想は新たに開発した壜詰ラインでも貫かれています。ここでの目的は「短期的なフレッシュ感の維持」ではなく「長期的な品質の安定性」であり、結果的に極めて独創的な「次世代型無酸素充填ライン」が完成しました。

明確な思想と、それに向けたあらゆる技術向上の徹底と。要は“徹底”すること。全ての能力を一つの目標、原則に集中することによって、また自らに高い基準を課し、それを徹底して守り抜くことによって、一ローカル企業に過ぎない私たちが世界的水準にも到達することが出来る。私たちはそう信じます。