シリーズ:コーボ君、酒蔵探訪

第5話 大釜おばさん

コーボ 「そうだ!大釜おばさんが、新しい竈が出来上がったって言ってたっけ。行かなくちゃ」
…… 新しいぴかぴかの釜場。耐火レンガで作られた2つの竈に、それぞれ大釜が鎮座している。壁の外には耐火レンガの高い煙突。 ……
コーボ 「大釜おばさん、おめでとう。とても居心地良さそうだね。」
大釜おばさん 「あ~ら、コーボくんありがとう。どうお?新しいけど懐かしい感じだと思わない?」
コーボ 「ほんと、昔のままっていう雰囲気だよね。でもさ、今は自動の蒸米機で蒸すのが普通なのに…。大七ではなぜまた竈を作ったのかな?」
大釜おばさん 「そう、私の仲間はどんどん減る一方よ。でもね、竈造りの腕のいい職人さんが、まだ現役でいるうちに最高の竈を作りたかったの」
コーボ 「そうか、将来作ろうと思っても、その時はもう竈造りの名人は居ないかもしれないね」
大釜おばさん 「ええ、何せ蒸米は、強い火力で和釜のお湯を沸騰させて、強い豊富な蒸気を甑に通して蒸すのが、何といっても最高なの」
コーボ 「ウン、まるで圧力釜で蒸したような、外側が硬めで内部に弾力がある蒸米が出来上がるんだよね」
大釜おばさん 「そう、それは炎で鋳物の大釜が灼熱するから、蒸気が上がる途中でまた熱せられて、百度を超える高温の乾燥蒸気になるためなの。私の自慢よ」
コーボ 「機械がベルトコンベア上を連続的に流れる生米に、ボイラーで作った蒸気を吹き付けるだけの簡易な仕組じゃ、そうはいかないよね。蒸米が水っぽくなく、手に粘らないでサラサラ。握りしめると強い弾力。こんな芸当は、確かに大釜と甑でなければ出来ないもの」
大釜おばさん 「まあ、コーボくん良く勉強してるのね。大七の杜氏はね、『一に蒸し、二に蒸し、三に蒸し』とも言ってる程蒸しを大事に思ってるの。ただ蒸せればいいわけではないわ」
コーボ 「そう、蒸し米の出来が良いと蔵人はみんな明るく元気だし、湿っぽい柔らかい蒸し米になってしまうと、悩んでる」
大釜おばさん 「だから、その年の米の性質に合わせて、最適のパターンが決まるまでが真剣勝負なの。どのくらい水を含ませるか、どのくらい長く蒸すかね」
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コーボ 「大変だよね。そういえば、この間精米したお米は、いつ蒸すの?」
大釜おばさん 「ううん、全部一度に蒸してしまうわけでないのよ。一本の仕込みのためには、段階的に少しずつお米が必要になるの。もと麹米、もと掛米、それから添麹米、添掛米、仲麹米、仲掛米、留麹米、留掛米と8回に分けて、一ヶ月以上にまたがって、仕込み計画に合わせて蒸されていくのよ。量だって最初はちょっぴり。後になるほど増えていくの」
コーボ 「ヒェー、頭がこんがらかってしまうよ!」
大釜おばさん 「そうでしょ。しかもネットに包んで区別しながら、幾つかのお米を一緒に蒸すのよ」
コーボ 「ああ、だから大七では使うお米の品種を絞り込むんだね?」
大釜おばさん 「品種をあれこれ使っていては、一番いい蒸し方を見つけるのも難しいし、どうしても品種の違うものを一緒に蒸すことになるでしょ。それではいい蒸し米が出来ないのよ。だから大七は山田錦と五百万石だけ」
コーボ 「エッ、たった二種類?でも今はいろいろ新しい品種が出来たんでしょう?色んな米を使ってみたいって、思ったことはないの?」
大釜おばさん 「コーボくん、二兎を追う者は一兎をも得ずよ。私は昔から山田錦と五百万石のことなら、よーく知ってるし、この二つは一番間違いのない米なのよ。何日か時間をくれれば、すぐに今年の出来の傾向を見抜いて、いつも通りの蒸し米に仕上げてみせるわ」
コーボ 「大釜おばさん、素敵だよ!」
大釜おばさん 「私はただ全力で最高の蒸し米を作るだけよ。後は杜氏さんがちゃんと考えてくれるわ」
コーボ 「ありがとう。頑張ってね。」